西 素盞嗚神社(にし すさのおじんじゃ) 尼崎市大庄西町1-41-25

西 素盞嗚神社(にし すさのおじんじゃ) 尼崎市大庄西町1-41-25



由緒;

御祭神;素盞嗚尊、宇迦御霊命、金刀比羅大神、護国大神 

 永條年間の川中島の戦いの難をこの辺りに避けた某氏、やがて西新田(大庄西町)に住むこととなった。当時の人々は集う毎に祠を建てて神を祀りたいと言っていた。或夜神託があり、「乾(北西)の方に霊威あり、宜しく以て祀れよ。」との事に大いに喜び、早速探したところこの地方としては不思議な青石があった。これであろうと思い、斎戒して奉祀したのが始まりであるという。

 現在の社殿は、大正3年(1914)に改築されたものである。平成4年(1992)に屋根を瓦葺から銅板葺に替えている。

兵庫県神社庁ホームページより



社頭
画像
画像
画像


注連縄柱、社号標
画像
画像
画像
石燈籠 文政6癸未年(1823)建立・・・・・・・・・・
画像
画像


鳥居  元文3戊午年(1738)建立
画像
画像
画像


参道・境内
画像
画像
画像


拝殿
画像
画像
拝殿内部・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
画像


本殿  御祭神;素盞嗚尊、宇迦御霊命、金刀比羅大神、護国大神 
画像
画像
画像


拝殿前の狛犬
画像
画像

画像
画像


境内末社  愛宕神社
画像
画像


ご神木
画像

画像
画像

画像
画像


明治27・28年の日清戦争時の戦役旗艦に載せられていた
錨を巻き上げる「KAPSTAN(ロクロ)」
画像
画像


石燈籠
画像


絵馬掛け
画像


だんじり庫
画像


社務所
画像


手水舎
画像
画像


境内案内 石碑
画像

 この辺の古代は地理的な条件から海城時代が長く、奈良・平安期の頃潮く砂州から陸地がつくりだされました。尼崎地方の中では比較的遅く開発され、西新田と呼ばれました。素盞鳴神社は新田の氏神様として祭祀されたものです。
 江戸時代までは牛頭天王社とも呼ばれていましたが、明治の制度により現今の社名が定着します。
 明治の頃まで「あばれ川」や「人喰川」などと恐れられてきた武庫川の度重なる氾濫は、後世の各文書である正徳2年(1712)や元文5年(1740)の記録にもみられるように流域の被害は大きく、洪水から鎮護をこめて当神社の境内にも元文3年(1738)の鳥居や寛保2年(1742)の灯篭が建立祈願されてものと○われます。

中略

現在の社殿は大正3年(1914)に再建された瓦葺から、平成4年銅板に葺替えられました。氏子の赤誠により境内整備と共に、平成の大造営が成されたものです。







阪神電車、本線・武庫川駅 北へ約320m
武庫川駅より武庫川沿いに武庫川橋の手前の堤防下に玉垣に囲まれ鎮座しています。鳥居をくぐると正面に拝殿・本殿が、拝殿左に末社の愛宕神社があります。境内には大きなご神木が残っています。




平成27年(2015) 3月31日  参拝




いつも訪問を頂きたくさんの気持ち玉・コメントを有難うございます。

これからも引き続きよろしくお願い致します。




明日も良い日で有ります様に!!





この記事へのコメント

2015年05月21日 18:39
素盞嗚神社←とても読めませんね~
我が家の近くには須佐之男神社は在りますが(^^♪
JK
2015年05月22日 08:18
おはようございます。
いつも拝見するたびに神社の数って多いのだなぁ~と感心するとともに、楽しみにしているのは狛犬さんたちがよだれかけのようなもの(すみません^^正式名を知らないので)をかけているか否か?なんです。
今日は白と赤ですね、おそらく私がこちらにお邪魔するようになってから白と赤両方は初めてのような気がします(見過ごした時もあったかもしれませんが、、)。
2015年05月24日 08:59
うるだんさんへ
おはようございます。コメントを有難うございます。素盞嗚尊、須佐之男さんも同じ神様の様ですが・・・、複雑ですね!! 神様の名前も複雑で全く読めないものが多くあり奥が深いですね。これからも引き続きよろしくお願い致します。
2015年05月24日 09:03
JKさんへ
おはようございます。コメントを有難うございます。狛犬に紅白の前掛け?、白白の前掛け??注連縄を掛けたもの、紐で足を周りをぐるぐる巻きにしたものなどビックリです!!表情も形も色々で見ていて楽しいですね!!これからも引き続きよろしくお願い致します。