豊國神社(ほうこくじんじゃ)通称名;太閤さん  大阪市中央区大阪城2-1

豊國神社(ほうこくじんじゃ)通称名;太閤さん  大阪市中央区大阪城2-1




由緒;

御祭神;豊臣秀吉公、豊臣秀頼公、豊臣秀長卿


概要
 京都府京都市東山区に鎮座する豊国神社の大阪別社として創建された。のちに京都・豊国神社から独立して豊國神社に改称。京都・豊国神社が訓読み(とよくに)で、豊臣秀吉のみを主祭神とするのに対して、当社は音読み(ほうこく)で、豊臣秀頼、豊臣秀長も配祀する。

 現在の鎮座地である大坂城二の丸は陸軍省の所管だったため、現在の大阪市北区中之島においての創建となったが、のちに城内(現・大阪城公園)へ遷座された。

沿革
 ・明治元年閏4月(1868年5月)明治天皇により、大阪裁判所(大阪府の前身)に建立の御沙汰がある。
 ・明治12年(1879年)11月 京都・豊国神社大阪別社として創建。当初は大阪府北区中之島字山崎の鼻(現在、大阪市中央公会堂がある地点)に鎮座した。
 ・大正元年(1912年) 中之島内で移動、現在の大阪府立中之島図書館西側へ遷座。
 ・大正10年(1921年) 京都・豊国神社から独立、府社に列格する。
 ・昭和36年(1961年) 現在地の大坂城二の丸へ遷座。遷座前の社殿は豊中市の服部住吉神社に移築されている。
 ・平成19年(2007年)4月17日、秀吉像を復元(彫刻家の中村晋也作。昭和18年(1943年)に鉄材供出されて以来64年ぶり)。

wikipediaより





鳥居・社号標 (東入口)
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社頭(東・入口)
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鳥居 (西・入口)
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境内
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二の鳥居
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境内
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拝殿
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拝殿内部
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本殿 御祭神;豊臣秀吉公、豊臣秀頼公、豊臣秀長卿
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拝殿前の狛犬
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境内末社  白玉神社  御祭神;宇迦御魂神
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境内末社  若永神社  御祭神;宇迦御魂神
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若永神社
宇迦御魂神を祀り元淀屋辰五郎の鎮守の社であったと伝えられる。東区(現在の中央区)大川町に鎮座し同町有志の崇敬者によって奉斎されて居ったのが、御堂筋道路拡張の為、昭和二年当社の境内社として遷座した神社である。豊国神社ホームページより


秀石庭
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 本庭園は、京都林泉協会の創立四十周年記念事業の一つとして、会長重森三玲氏の設計並びに作庭指導のもとに完成し、昭和四十七年十二月三日豊國神社に奉納された庭園である。

 神社の庭園の発祥が磐座・磐境にあって石を神格化する本来の意味も含め、秀吉公のゆかりの千成瓢箪の形を地割模様とし、巨石を組み合わせ日本庭園の伝統の中に著名な蓬莱山石組を以て石山が表現されており、一段高い石舞台にも瓢箪地紋を用いて、鑑賞の場となっている。
本庭園に使用された巨石は、阿波産の緑泥片岩である。

 本庭園の名命は、豊臣秀吉公の‘秀’と石山の地名の‘石’とを取ったもので、同時に巨石秀吉の豪健な庭園の意味を含めたものである。

 大阪の発展は、海に面したことが原動力であるを以て、一木一草を用いない海洋表現をテーマとし、この大阪城の地は元「石山」と称していたので、石山をテーマとしている。 豊国神社ホームページより


秀吉公の銅像
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彫刻家 中村晋也氏(平成19年文化勲章受賞)作 高さ 5.2メートル(像 3.2m 台座 2m)



参集殿
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社務所
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手水舎
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境内案内板
 設置無し













大阪市高速電気軌道 (Osaka Metro)、谷町線又は中央線・谷町4丁目駅 9番出口より北東へ徒歩約900m
谷町4丁目駅の北東にある大阪城公園内本丸南側(桜門)に鎮座しています。
鳥居をくぐり境内へ入ると豊臣秀吉の像が出迎えてくれます。二の鳥居をくぐると正面に鉄筋コンクリート造りの拝殿・本殿が鎮座しています。末社は二の鳥居の北側に鎮座しています。





平成30年11月16日 参拝



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