富島神社(とみしまじんじゃ) 大阪市北区中津2-5-10
富島神社(とみしまじんじゃ) 大阪市北区中津2-5-10
由緒;
当社の創立年代は不詳であるが、社伝によると足利時代既に存在しており、午頭天王社・衹園社としていた。明治元年の神仏習合禁令により神号に牛頭天王の使用が禁止されたので、明治2年浪速八十島の中の利島にちなみ、利島神社と改称する。明治43年には昔この辺りを富島の荘と呼んでいたことから富島神社と改称して現在に至る。昭和20年6月1日の大阪空襲により、美津神社と神具庫をのこして建物はことごとく焼失したが、御霊代は別所に奉安してご安泰であつた。昭和30年7月拝殿を新築する。境内掲示板より
社頭
鳥居・社号標
連中柱
参道
境内
拝殿
本殿 御祭神;速素盞鳴命、天照大神、八幡大神、奇稲田姫命、豊受皇大神、住吉大神、菅原道真公
拝殿前の狛犬
正面出入口鳥居したの狛犬と位置関係
境内社 豊島天満宮 御祭神;菅原道真公
撫で牛
境内末社 美津社 ご祭神;事代主神、天児屋根命、兵衛府八幡、猿田彦神
何故か蛙が??
富島稲荷社
富恵美須社 御祭神;事代主神
狛犬
大楠宮 御祭神;神木
狛犬
十三思昔会碑(じゅうそうしせきかいひ)
明治時代の淀川改修工事によって旧十三地区は川に沈んでしまいましたが、ばらばらになってしまった旧十三町民の方々が建てた碑です。
不明な社?
西側出入口の鳥居と狛犬
手水舎
大阪梅田から一駅の阪急電車、大阪市営・地下鉄中津より北へ徒歩5分、住宅に囲まれています。
木々が大きく育って、都会のオアシスとなっています。 摂社が多く鎮座しており、それぞれがよく整備されていました。
参拝 平成25年(2013) 5月14日
いつも訪問を頂き、コメント・気持ち玉を有難う御座います。
これからも宜しくお願いします。
明日も良い日で有ります様に!!
由緒;
当社の創立年代は不詳であるが、社伝によると足利時代既に存在しており、午頭天王社・衹園社としていた。明治元年の神仏習合禁令により神号に牛頭天王の使用が禁止されたので、明治2年浪速八十島の中の利島にちなみ、利島神社と改称する。明治43年には昔この辺りを富島の荘と呼んでいたことから富島神社と改称して現在に至る。昭和20年6月1日の大阪空襲により、美津神社と神具庫をのこして建物はことごとく焼失したが、御霊代は別所に奉安してご安泰であつた。昭和30年7月拝殿を新築する。境内掲示板より
社頭
鳥居・社号標
連中柱
参道
境内
拝殿
本殿 御祭神;速素盞鳴命、天照大神、八幡大神、奇稲田姫命、豊受皇大神、住吉大神、菅原道真公
拝殿前の狛犬
正面出入口鳥居したの狛犬と位置関係
境内社 豊島天満宮 御祭神;菅原道真公
撫で牛
境内末社 美津社 ご祭神;事代主神、天児屋根命、兵衛府八幡、猿田彦神
何故か蛙が??
富島稲荷社
富恵美須社 御祭神;事代主神
狛犬
大楠宮 御祭神;神木
狛犬
十三思昔会碑(じゅうそうしせきかいひ)
明治時代の淀川改修工事によって旧十三地区は川に沈んでしまいましたが、ばらばらになってしまった旧十三町民の方々が建てた碑です。
不明な社?
西側出入口の鳥居と狛犬
手水舎
大阪梅田から一駅の阪急電車、大阪市営・地下鉄中津より北へ徒歩5分、住宅に囲まれています。
木々が大きく育って、都会のオアシスとなっています。 摂社が多く鎮座しており、それぞれがよく整備されていました。
参拝 平成25年(2013) 5月14日
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