八幡太神宮(はちまんだいじんぐう) 高槻市芝生1-9-27
八幡太神宮(はちまんだいじんぐう) 高槻市芝生1-9-27
由緒;
御祭神;応神天皇(誉田別尊)
当社の創立の年代は不詳であるが、貞観元年(859)九州の宇佐八幡宮を山城国男山に奉遷の節、当地の住民が、その神輿を奉舁した縁で、当社を営み応神天皇を祀って八幡大神宮としたと伝えられている。
往昔、石清水八幡宮の祭礼には当社の氏子社参して輿丁を奉仕するのを例としたという。
元の神域は芝生集落内にあったが、後に現在地に移座して奉安しあげた(年代不詳・集落内に「古宮浦」の小字がある)。
明和6年(1769)に本殿修復。天保5年(1834)から天保7年(1836)にかけて、境内の整備が行われた記録が残っている。
いまでは鎮守の杜としての環境を形成し「芝生の八幡さん」として広く人々に親しまれ、五穀豊穣・家内安全・交通安全・安産・必勝の御神徳あらたかな神様として篤い崇敬をうけている。
末社 天神社 御祭神;管原道真
境内地一帯の小字名を「天神山」という。
延喜元年(901)菅原道真左遷され西下の途、当地で暫時休息され、たまたま見事な霊芝があるのをみて、芝生と名付けられたという。後に菅公の神徳を仰慕し、勧請合祀したとの説話があるが、この故記を証するものはない。
学問・文芸・書道の神様として崇敬されている。
境内案内板より
社頭
西側
鳥居
参道
拝殿
拝殿内部
本殿 御祭神;応神天皇(誉田別尊)
拝殿前の狛犬 天保7年(1836)12月建造
境内末社 天神社 御祭神;管原道真
ご神木
鬼瓦
【左側】
この瓦は、弘化3年(1845)に造営された当神社本殿の鬼瓦です。瓦は、五百住村(高槻市西五百住町?)で製作され、瓦屋庄○○細工人・瓦師庄蔵の刻字があります。
【右側】
この瓦は、明治14年(1881)に造営された現本殿の鬼瓦(正面唐破風の鬼瓦)です。瓦の製作年次と鬼師○瓦安の刻字があります。平成7年(1995)の阪神淡路大震災で屋根瓦が損壊したので平成8年に銅板葺に改修しました。
兎石
神輿倉??
手水舎
境内案内板
阪急電車、京都本線・高槻市駅 南南東へ約2.6km(直線)
大阪府道16号線・大阪高槻線の芝生交差点の東へ約170m(直線)芥川右岸の堤防下の住宅街の中、玉垣に囲まれて静かに鎮座しています。境内に入り参道を少し進むと一段高い所に新しい鳥居が、鳥居を潜ると正面に拝殿・本殿が鎮座、本殿は土塀に囲まれています。末社は塀の中、本殿の西側に鎮座しています。歴史のある古い神社てすね。
平成27年(2015) 9月29日 参拝
いつも訪問を頂きたくさんの気持ち玉・コメントを有難うございます。
これからも引き続きよろしくお願い致します。
明日も良い日で有ります様に!!
由緒;
御祭神;応神天皇(誉田別尊)
当社の創立の年代は不詳であるが、貞観元年(859)九州の宇佐八幡宮を山城国男山に奉遷の節、当地の住民が、その神輿を奉舁した縁で、当社を営み応神天皇を祀って八幡大神宮としたと伝えられている。
往昔、石清水八幡宮の祭礼には当社の氏子社参して輿丁を奉仕するのを例としたという。
元の神域は芝生集落内にあったが、後に現在地に移座して奉安しあげた(年代不詳・集落内に「古宮浦」の小字がある)。
明和6年(1769)に本殿修復。天保5年(1834)から天保7年(1836)にかけて、境内の整備が行われた記録が残っている。
いまでは鎮守の杜としての環境を形成し「芝生の八幡さん」として広く人々に親しまれ、五穀豊穣・家内安全・交通安全・安産・必勝の御神徳あらたかな神様として篤い崇敬をうけている。
末社 天神社 御祭神;管原道真
境内地一帯の小字名を「天神山」という。
延喜元年(901)菅原道真左遷され西下の途、当地で暫時休息され、たまたま見事な霊芝があるのをみて、芝生と名付けられたという。後に菅公の神徳を仰慕し、勧請合祀したとの説話があるが、この故記を証するものはない。
学問・文芸・書道の神様として崇敬されている。
境内案内板より
社頭
西側
鳥居
参道
拝殿
拝殿内部
本殿 御祭神;応神天皇(誉田別尊)
拝殿前の狛犬 天保7年(1836)12月建造
境内末社 天神社 御祭神;管原道真
ご神木
鬼瓦
【左側】
この瓦は、弘化3年(1845)に造営された当神社本殿の鬼瓦です。瓦は、五百住村(高槻市西五百住町?)で製作され、瓦屋庄○○細工人・瓦師庄蔵の刻字があります。
【右側】
この瓦は、明治14年(1881)に造営された現本殿の鬼瓦(正面唐破風の鬼瓦)です。瓦の製作年次と鬼師○瓦安の刻字があります。平成7年(1995)の阪神淡路大震災で屋根瓦が損壊したので平成8年に銅板葺に改修しました。
兎石
神輿倉??
手水舎
境内案内板
阪急電車、京都本線・高槻市駅 南南東へ約2.6km(直線)
大阪府道16号線・大阪高槻線の芝生交差点の東へ約170m(直線)芥川右岸の堤防下の住宅街の中、玉垣に囲まれて静かに鎮座しています。境内に入り参道を少し進むと一段高い所に新しい鳥居が、鳥居を潜ると正面に拝殿・本殿が鎮座、本殿は土塀に囲まれています。末社は塀の中、本殿の西側に鎮座しています。歴史のある古い神社てすね。
平成27年(2015) 9月29日 参拝
いつも訪問を頂きたくさんの気持ち玉・コメントを有難うございます。
これからも引き続きよろしくお願い致します。
明日も良い日で有ります様に!!

































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