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zoom RSS 大津神社(おおつじんじゃ)通称名;河内国大宮  羽曳野市高鷲8−1−2

<<   作成日時 : 2017/07/02 14:50   >>

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大津神社(おおつじんじゃ)通称名;河内国大宮  羽曳野市高鷲8−1−2




由緒;


御祭神;素盞嗚尊、奇稻田姫命、天日鷲命、配祀;大山咋命、菅原道真公

由緒;
 大津神社は、十世紀はじめ、醍醐天皇(885〜030)の御代に編纂された『延喜式』(927)に 「大津神社三座鍬・靱」と明記されている由緒の古い神社で、「丹下の郷の大宮」と称えられていた。

 応仁天皇(4 - 5世紀はじめ)の御代に、文字をはじめ各種の大陸文化が朝鮮半島を経由して我国に伝来した際、当河内地方は難波の港と大和を結ぶ要路であったことから渡来人が土着し、荒地を開拓し産業を興して、遂に河内文化の繁栄を見ることに至った。

 当時、この地方には、百済貴須王(近仇首王)の子孫といわれる「葛井氏・船氏・津氏」の三氏が勢力を張っており、この三氏のうち津氏一族がこの地をトして「大宮山」と称し、自分達の守護神を奉斎したことが「大津神社」の発祥だろうと云うのが古来からの定説である。

 このように、大津神社は津氏一族の守護神として創祀されたが、津氏一族が朝廷に召されて大和に移住し、また時代の推移に伴って氏姓制度が衰退していくと、中世以降には、大津神社はこの地方九ヶ村の人々の「氏神」として受け継がれ、「河内の大宮」と称えられた。

 その後、仏教の隆盛に伴い、『本地垂迹説』に基づいて「午頭天王社」と称し、境内に宮寺真言宗大宮山南之坊を設けて神仏混淆となり、社僧の支配を受けることとなる。広く世の人々からは、「北宮の午頭さん」と称えられ、親しまれた。

 明治維新になると、新しい神社制度が定められ、神仏混淆が厳しく禁じられたため、高鷲・埴生両村の氏神として明治5年5月村社に列格され、「神道大津神社」となった。

 第二次大戦後は、占領政策の神道指令によって国家の管理を離れ、昭和21年6月2日、宗教法人令に基づき神社本庁所属の「宗教法人 大津神社」として発足、現在に至る。

 今日では、羽曳野市西部、南西部、広域の氏神(産土神、鎮守神)として崇敬されている。

wikipediより





社頭
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鳥居・社号標
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参道
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拝殿
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拝殿内部
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拝殿に掛かる神額・奉納額
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本殿  御祭神;素盞嗚尊、奇稻田姫命、天日鷲命、配祀;大山咋命、菅原道真公
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拝殿前の狛犬@
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拝殿前の狛犬A
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境内末社  大宮戎社
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境内末社  平和之社
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境内末社  大宮弁天宮
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境内末社  大宮稻荷社
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境内末社
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伊勢神宮遥拝所
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社務所
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手水舎
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境内案内板
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御祭神;素盞嗚命、奇稻田姫命、天日鷲命

由緒
 当神社は延喜式内社として由緒ある古社で河内誌に「丹下郷宮邑に在り今大宮と称す。」とあり、近郊九ケ村の氏神として崇敬され今日に至った。
 元来この地方に応神天皇の御代来朝せる百済系貴族の文化人が開拓せし地にて船、葛井、津氏の一族が広く居住し河内文化の向上、繁栄に寄与され古記録にある故おそらく津氏一族の氏神としてこの地を創建されたのが当大津神社の起源であろうと言うのが古くより一致した説である。
 本殿は桧皮葺中山造り
 寛永17年(約3百年前) 御造営

祭日;夏越祭 7月8日、例大祭10月8日


羽曳野市設置の歴史街道
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歴史街道 大津神社
 大津神社は、大・小の官社(式内社)と祭神を記した平安時代前期の「延喜式(927)」に記載され、天皇から進物を受けていた由緒ある神社です。
 創建年代は詳らかではありませんが、古代には「古市大溝」という人工水路が近くを流れていたことから、当初は、この地を本拠地として西国から貢物輸送に関わっていた渡来系氏族の津氏が祖先神を祭った社であったと見られています。
 江戸時代には、丹下九カ村の氏神として人々に崇拝され、現在は素盞嗚命と奇稻田姫命の夫婦神、天日鷲命、大山咋命、菅原道真公が祭られています。
 社殿は、寛永17年(1640)に建てられた本殿、拝殿、幣殿からなり、茅の輪くぐり(無病息災)の夏越祭は7月8日、 秋祭りは10月8日に行われます。   羽曳野市













近畿日本鉄道(近鉄)、南大阪線・高鷲駅 南へ約150m
高鷲駅から南へ進むと東側を白い土壁塀の神社が鎮座しています。東側中央付近に鳥居・社号標の入口となり、鳥居をくぐり境内へコンクリートの参道の奥に拝殿・本殿が鎮座、拝殿の南側に末社の戎神社、北側に稲荷神社、弁天宮、平和之社が鎮座しています。延喜式内社として由緒ある古社です。






平成29年(2017) 4月25日  参拝






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